1. 一枚のアンケートが示す、”不都合な”事実

突然ですが、このデータをご覧になったことはありますか?

これは2016年に行われた、東京大学の学生が子ども時代にどんな習い事をしていたか?に関する調査結果です [*1] 。水泳に次いで「ピアノ」が2位。昔から「東大生にはピアノ経験者が多い」と語られてきましたが、それを裏付けるデータの一つと言えるでしょう。そして...

「やはり、ピアノは子どもの能力開発に良いのかもしれない」

そう思われた方も多いはず。しかし、同時にこうも感じたのではないでしょうか。「でも、ピアノは月謝も楽器も高くて、特別な習い事だ」と。

もし、この”特別な習い事”が、子どもの可能性を大きく広げるものであるとしたら、才能を開花させるチャンスが、家庭の経済力だけで左右される現状を、私たちは見過ごしていいのでしょうか?

この記事では、日本では当たり前とされるこの状況が、世界では全く「常識」ではない実情と、その背景にある社会全体への警鐘を鳴らします。

2. 日本の「当たり前」― “ピアノは贅沢品”という壁

日本の子どもの8人に1人にあたる11.5%が貧困状態にあると言われています [*2]。この深刻な経済格差は、子どもたちの教育機会の差、そして「習い事格差」に直結します。

中でもピアノは、楽器購入の初期費用や、他の習い事と比べて高額な月謝から、格差の影響を受けやすい習い事の代表格です。ある学術調査では、教員養成系の大学に通う学生のピアノ学習の経験率は、全国平均29.0%に対して53.8%と高いことが示されました [*3]。これは、子どもを大学に進学させるような層において、ピアノを習わせる経済的・文化的な余裕がある家庭が多いことの証左であるのです 。

日本では、ピアノを習う機会は「家庭の経済力という分厚い壁」の内側にある、限定的なものなのです。これは単に「残念なこと」というだけでなく、世界の常識と比べると、日本社会にとって大きな損失を生み出していると言えるでしょう。ではその世界の「常識」とは?

3. 世界の「常識」― “音楽は公共財”という考え方

私たちが当たり前だと思っている状況は、世界に目を向けると、いかに特殊であるかに気づかされます。 多くの国々では、音楽は個人の贅沢品ではなく、社会が育むべき「公共財(パブリック・グッズ)」であるという考え方が、文化として深く根付いているのです。具体的には...

  • イギリスには、子どもの音楽体験を社会全体で支えるというコンセンサスがあります。地域ごとに設置された「ミュージック・ハブ」は、その象徴です。活動資金の一部が宝くじの収益などによっても賄われており、家庭の経済状況に関わらず、安価なレッスンや楽器の無料貸与が実現しています。
  • ドイツのほぼ全ての自治体には、営利を目的としない「公立音楽学校(Musikschule)」があります。これは、図書館や体育館と同じように、市民が享受すべき「文化的な公共サービス」と位置づけられ、地域社会の支援によって誰もが負担できる費用で運営されています。
  • フランスの「コンセルヴァトワール(音楽院)」の授業料は、各家庭の所得に応じて決められるのが一般的です。才能ある子どもが、経済的な理由で夢を諦めることがないよう、社会的な仕組みが整えられています。

これらの国々に共通するのは、「子どもの楽器を『弾きたい』という気持ちを育むことは、家庭だけの責任ではなく、社会全体の未来を豊かにする投資である」という価値観なのです。

4. 私たちが失っているもの ― 才能と、未来の可能性

では、この機会格差によって、日本の子どもたちは具体的に何を失っているのでしょうか?

脳科学者の澤口俊之先生は、「数ある習い事の中で、ピアノは最も脳に良い」と断言しています。その理由は、ピアノ演奏が持つ、脳への特殊な効果にあります。

ピアノは両手の指をそれぞれ全く違う動きで巧みに使い、楽譜を先読みして記憶し、表現を考えながら全身をコントロールする、という極めて高度な行為です。このプロセスが、思考や感情、記憶を司る脳の様々な領域をまんべんなく刺激し、HQ(人間性知能)やワーキングメモリ(作業記憶)といった「地頭の良さ」を飛躍的に高めることが、科学的にわかっているのです 。

澤口先生によれば、学校で使うピアニカのように片手で弾く楽器では、同様の包括的な脳を鍛える効果は得られないとのこと [*4]。

この科学的背景は、「東大生にピアノ経験者が多い」というデータを全く違う角度から照らし出します。それは「ピアノを習うと東大に入れる」という単純な話ではありません。「人間が持つ潜在能力を大きく引き出す最高峰のツールに、日本では一部の子どもしかアクセスできていない」という、深刻な社会課題です。

5. 結論:まずは「知って、話す」ことから始めませんか?

「音楽は公共財」という世界の常識から、日本の「習い事格差」という社会課題を考えてきました。このままでは、経済的な理由だけで、多くの子どもたちがその素晴らしい才能を開花させる機会を失い続けます。

私たち「一般社団法人みんなのピアノ協会」は、この現状を日本で変えていくための、具体的な活動を行っています。

社会の大きな仕組みを変えるのは、時間のかかる挑戦です。しかし、子どもたちの成長は待ってはくれません。 あなたの「支援したい」という想いを具体的な行動に変えることが、今この瞬間にも子どもたちの未来を照らす、確かな光となります。

子どもがピアノを、あきらめない社会を。 その実現のために、あなたの力を貸してください。

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注釈・出典

[1] 東大家庭教師友の会『東大生が子供の頃に通っていた習い事ランキング』(2016年調査)

[2] 厚生労働省『2022年 国民生活基礎調査の概況』より(2023年7月公表データ)。子どもの相対的貧困率は11.5%。

[3] 唐津美和『生涯音楽学習の視点から見たピアノ学習の状況――1998年と2021年の調査結果の比較を通して――』(2021年)

[4] 澤口俊之氏の論説に基づく記事。『脳機能がまんべんなく鍛えられる!学力や運動能力も上げてくれる「ピアノ」のすごい効果』 (STUDY HACKER こどもまなび☆ラボ), 『脳科学者・澤口俊之が「ピアノがいい!」と断言する理由』 (ママテナ)