オンラインでのピアノレッスン。

コロナ禍をきっかけに一気に普及しましたが、「画面越しでは、微妙なニュアンスが伝わりにくい」「本当に上達するのだろうか?」といった疑問の声も少なくありません。

そもそも、今回ご紹介するオンラインレッスンは、私たちの団体にとって特別な意味を持つ、ある挑戦の物語です。

経済的な理由だけでなく、近所にピアノ教室がなかったり、様々な事情で教室に通うことが難しかったりと、物理的・地理的な理由でピアノを諦めている子どもたち(例えば、離島や僻地に住む子どもたち、ヤングケアラーなど)に、どうすれば音楽を届けられるか。

それを実現するためのオンライン教育モデルを確立する、これが私たちの重要な挑戦であり、今回がその『試金石』なのです。この挑戦は、公益財団法人CBGMこども財団様との共創プログラムとして、川奈臨海学園様にご協力いただき、スタートしました。

もし、この挑戦がうまくいかなければ、そうした子どもたちへの道を閉ざしてしまうかもしれない…。そんなプレッシャーの中、私たちは理想の学習アプリの自社開発も視野に入れましたが、資金的な壁に直面していました。

この記事では、そんな状況で一筋の光となった、パートナーである「Ototsumugi」代表で、音楽療法士でもある杉本絵梨先生との試行錯誤の物語をご紹介します。そこには、オンラインの制約を乗り越え、子どもの心に音楽を届けるための、驚くべき知恵と情熱が詰まっていました。

「楽譜を全て書き起こす」という決断

私たちがオンラインレッスンで活している学習アプリ「Simply」。子どもたちがゲーム感覚で練習できる画期的なアプリです。しかし、これをZoomの画面共有機能を使ってオンラインレッスンをしようとすると、生徒が弾いた音と、アプリの画面の動きが2~3秒もズレてしまうという、致命的な問題が起きました。

まるで、昔のテレビの国際中継のように、話している口元と音声が全く合わない状態です。これでは、アプリの最大の利点であるインタラクティブなレッスンが成立しません。

この絶望的な状況を救ったのが、杉本先生の「それなら、私が楽譜を全部書き起こします」という、驚くべき一言でした。

Simplyの基本コースには、250を超えるセクションがあります。先生は、その膨大な量の楽譜を全てご自身で書き起こしました。そして実際のオンラインレッスンでは、手元の書き起こした紙の楽譜で見ながら、Zoomから聞こえてくる音と、横からのカメラが映す指・肘・肩の動きを頼りに、音程やリズムといった結果(アウトプット)だけでなく、その原因となる姿勢や手指の形、タッチといった「フォーム(インプット)」まで含めて正しいかを判断するという、まさに「神業」で、このプロジェクトを成立させたのです。

音楽療法の知見を活かした「トントン・すりすり運動」

杉本先生のレッスンは、ただピアノを弾くだけではありません。

「もしもし亀よ亀さんよ」の歌に合わせて、右手で右足をトントンと叩き、左手で左足をすりすりと擦る。一見、不思議なこの運動は、音楽療法の科学的知見に基づいた、ピアノ上達のための重要なトレーニングです。

音楽療法士の資格試験の8割は、脳に関することなんです(20年ほど前の当時の試験では、ですが)。ピアノで多くの子どもが最初につまずくのが、片手弾きから、両手を使って演奏する練習へと移行するタイミングです。この運動は、右脳と左脳の連動を促し、その連結部である脳梁(のうりょう)を鍛え、両手での演奏をスムーズにする効果があります "

発達障がいを持つお子様だけでなく、実は多くの子どもたちが、身体の動かし方に課題を抱えていると先生は言います。ピアノの上達と、身体性の発達。その両方を見据えた専門的なアプローチが、先生のレッスンの真髄です。

「好き」を「もっと好き」に育てること

技術的な困難や、専門的なトレーニング。しかし、先生が最も大切にしていることは、至ってシンプルです。

" ピアノは、対面でもオンラインでも、音楽が好きな子が習うんです。好きじゃないと続かない。その『ある程度好き』という気持ちを、レッスンを通じて『もっと弾きたい』『ピアノが楽しい』という、もっと大きな好きに育てていきたいんです "

その想いは、先生自身の原体験に繋がっています。

中学時代に大病を患い、一度はピアノの道を諦めかけた杉本先生。しかし、恩師の支えと「音楽の力」によって、その困難を乗り越えました。

「とにかく、生徒が好き、その一心です。子どもたちの『弾けたよー!』の笑顔があれば、私は生きていけます」

オンラインという画面の向こう側で、私たちのパートナーは、深い専門性と、どこまでも温かい愛情を持って、子どもたちの心に音楽を届けています。

私たちは、この素晴らしい協働を、さらに力強く推進していきます。

【パートナー紹介】

杉本 絵梨(すぎもと えり)

Ototsumugi代表。日本音楽療法学会正会員の音楽療法士。

くらしき作陽大学音楽学部音楽療法専修卒業後、カワイ音楽教室での講師を経て、医療施設や高齢者施設で音楽療法を実践。2020年にOtotsumugiを設立し、障がいを抱えるお子様やご高齢の方々への訪問レッスンを行う。教育機関でのセミナー講師実績多数。

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